第3章 挑戦し、先駆例を次々と生み出す千葉市へ ~都市活性化③~

 海辺の活性化、民間との連携の究極系がレッドブル・エアレースの開催です。イベントとしても大きなインパクトがありましたが、千葉市の意識改革という点でも非常に大きなインパクトを残しました。
 千葉市の海辺でレッドブル・エアレースを日本で開催したい、という話が千葉市に持ち込まれた時、私も職員も全くレッドブル・エアレースについて知りませんでした。映像を見て、「こんなものがあるのか。世の中は色々面白いものがある」と驚いたことを覚えています。
 持ち込んできた企画会社からは「誘致に関心があるのであれば、オーストリアの本部に関心表明書を送ってほしい」と言われ、職員に検討させましたが、最初は職員は完全に反対でした。理解できない、と言った方が正しいかもしれません。理解できない規模のイベント、事故のリスクがありそうな曲芸飛行、そもそもなぜ公園をこのような用途に提供しなければいけないのか等々、やらない理由は山のようにありました。
 私は「関心表明書を送ること自体にリスクがあるわけではない。やり取りをしながら、冷静にメリット・デメリットを見極めれば良いじゃないか」と言って、関心表明書を送り、交渉がスタートしました。
 当初、先方から提示された契約書のたたき台には、開催にあたっての費用(数億円規模)、事故が起きた時のリスクなど、あらゆるコストとリスクを開催都市が持つ、という内容でした。実際にラスベガスやアブダビなど開催都市はこのような形でお金を出して誘致しているとのこと。職員はあきれ返って、「こんなのお話にならないですよ」との反応でした。
 私は「海外との交渉はこんなものだろう。逆に全てそちらがコストもリスクも持つべきだという内容に書き換えて交渉スタートだ。少なくとも千葉市は一切コストもリスクも持つことはない。それが交渉の大前提だ」と、欧米の商習慣にノウハウを持つ弁護士事務所と契約して交渉を行いました。
 私はこの時点では誘致できる確率は高いとは思っていませんでしたが、誘致できた場合、イベント自体の魅力だけではなく、千葉市の海辺の可能性を全国・全世界にPRできること、〝民間航空発祥の地〟という千葉市でも一部の人しか知らない歴史を現代につなげられること等から、挑戦する価値はあると考えていました。
 結果として、日本に実行委員会が立ち上がり、スポンサーを募ることで、開催都市が持つコストとリスクを実行委員会が負担する形で、交渉は成立。千葉市は負担ゼロで日本で最初のレッドブル・エアレースを誘致することに成功しました。
 開催にあたっては国土交通省航空局や幕張海浜公園を所有する県、発着場を設置する浦安市等、多方面の調整が必要でしたが、経済農政局長(後、副市長)の神谷俊一氏を始めとする職員の奮闘、当初からプロジェクトに参画していた市議の方々の後押しもあり、実現できた案件です。
 レッドブル・エアレースは期待通りマスメディアの注目を集め、 10万人規模の有料観覧者を集める大イベントとして千葉市に賑わいをもたらしてくれました。

 しかし、私がそれ以上に評価しているのは2点あります。1つは、職員・議員・さらには市民が「自分たちの街はこんなイベントを誘致できる」という誇りが醸成されたことと、2つ目は「千葉市はこんなイベントを認めるほど柔軟性と挑戦意欲に溢れた自治体なんだ」と市外に認知させた点です。
 1つ目ですが、レッドブル・エアレース開催によって、市内のあらゆる場所で「市長、あんなイベントを誘致してくれてありがとう!県外の友達を呼んで毎年見ています」といった市民の反応があったほか、当初は開催に懐疑的だった市議からも「テレビを見た他県の友人から『千葉市はすごいね!』と言われ、誇らしかった」という反応があるなど、千葉市にとって大きな成功体験になりました。
 前例踏襲が当たり前の行政において、日本でまだ開催されていない、導入されていないものを検討する際、職員も議員も「否定ありきではなく、まずは検討してみよう」という風土が醸成されたことは、その後の千葉市にとって大きな財産です。
 2つ目の外部の評価です。このレッドブル・エアレース開催以来、千葉市に民間から様々な提案が持ち込まれることが増えました。挑戦的なものを実施する際、日本でどの自治体にまず話すか、といった時にまず千葉市に持ち込んでみよう、という評価を得たのです。
 挑戦的な提案を全て採用するわけではありません。多くは検討の結果、不採用となっていますが、最初に持ち込まれることで他市に先駆けて有利な条件で開始・導入した事例が続々と生まれています。こうした評価も今後財産として千葉市を支えてくれるでしょう。

元副市長(神谷 俊一氏)
○人工海浜活かしエアレース
 経済部長就任の数日後に開催された幕張ビーチ花火フェスタ会場で市長から「立ち入り禁止の看板があり人工海浜が全く千葉市のイメージと結びついていない。海岸線を活かした幕張新都心のまちづくりができないか」と相談されました。私は千葉市に人工海浜があることをその時に初めて知りましたが、せっかく作った人工海浜が立ち入り禁止というのは疑問に思いました。
 そのような中、国内初のレッドブル・エアレースを誘致することになりました。会場となるには招致金や開催費の負担や赤字が発生した場合の補填など海外の他大会と同様の基準が求められていました。そうした経費は市で負担できないという姿勢で交渉し、主催者側が打ち出してきたのがスポンサー収入とチケット収入で運営する日本方式でした。これは前任者の功績です。
 開催意義を整理できない職員もいましたので①幕張はその時々で新しいものを行う場所②地域資源である人工海浜を活かしたマリンサイドのイベントで地方創生が掲げる地域資源の活用に沿ったもの③民間航空発祥の地に相応しい、過去と現在を結ぶ航空機イベント④幕張が世界配信される―という4つの柱で意義を共有することにしました。国土交通省航空局からも「なぜ誘致するのか」と問われましたが、②と③を強調し国策にあったイベントと説明し解決できました。騒音問題では職員に負担をかけましたが、関係者に理解をいただきました。実行委員会は推進力と営業力があり、市が地元の環境整備、国回りの許可等の取得支援をする役割分担が功を奏したと思っております。

 民間との連携、前例のないものへの前向きな姿勢、柔軟な自治体との評価が結実したのが「250競輪」です。
 戦後まもなく整備され、千葉市に累計600億円という巨額の繰入金をもたらし、市政の発展・市民福祉の向上に寄与してきた千葉競輪ですが、競輪人気の低迷、施設の老朽化によって経営状況は厳しい状況でした。
 そこで、私は経済部に対して、「このままでは数年先に赤字になるだろう。赤字になってから事業をどうするか考えるのは愚策だ。収支予測を立て、赤字になる前に廃止も含めて検討するべきだ」と指示しました。
 検討の結果、所管からは「市長、廃止の前に包括外部委託をさせて下さい。民間の創意工夫と経費節減でどこまでできるか、その挑戦をしてからにしたい」と具申がありました。包括外部委託は以前より話が出ていましたが、所管は乗り気ではありませんでした。「つぶされるくらいなら…」という危機感から一気に話が加速し、包括外部委託を実施したところ、他の競輪場も受託している日本写真判定(株)に委託することとしました。
 包括外部委託の結果、確かに経費は削減され、一定の黒字が確保され、少しではありますが、市の一般会計への繰出金を支払うことができるようになりました。しかし、経費削減には限界があり、売り上げ自体は競輪人気の低迷があり上向かない状況を見て、「大規模な設備投資をした後に、赤字で廃止はない。再度収支予測を立て、最善の判断をするように」と指示をしたところ、2018年3月末をもって廃止することが妥当との結論に至りました。他の公営競技廃止に比べると、かなり早い段階での廃止判断でした。
 廃止方針を公表した際、首都圏で最初の競輪場の廃止ということで競輪界が大きな驚きを持って受け止め、地元の選手会からも廃止を回避するため、様々な動きが出てきました。
 そうした中で、包括外部委託を受託している日本写真判定の渡辺俊太郎社長から「千葉競輪で日本で最初の250競輪をやりたい。多目的ホールにもなる新競輪場を整備するべきだ」という提案がありました。
 250競輪とは250メートルバンクで実施する競輪で、国際規格に準拠する形での競輪となります。
 今、日本で行われている競輪のバンクは333メートル、400メートル、500メートルの3種類ですが、いずれも国際規格ではありません。日本は自転車スプリント競技が公営ギャンブルとなっており、巨額の賞金が出るため、2000人を超える競輪選手が存在しま
す。世界でもこれだけのプロの自転車スプリント選手を抱える国は無いのですが、オリンピックや世界選手権などで日本選手はなかなかメダルに届くことが難しい状況になっています。それは、競輪の規格(333~500メートルバンク)と、国際規格(250メートルバンク)の違いが大きいわけです。競輪選手が世界大会で活躍するためには、競輪から一旦離れて、角度も大きく違う国際規格に慣れる必要があり、その間の収入が途絶えることを考えると、なかなか難しい事情があります。
 こうした背景から、以前より国際規格である250メートルバンクで競輪を実施する案は温められていたものの、選手会の反対などもあり、長年実現されませんでした。選手側からすれば、新たな規格に慣れる必要がありますし、その新たな規格はバンクの傾斜も急でリスクがあること、従来のバンクよりも狭いため出場選手数が絞られること等から賛成するメリットが乏しかったのです。
 日本写真判定の提案には2つの問題点がありました。1つは実現可能性、2つ目は事業採算性です。
 実現可能性については、首都圏で初めて競輪場が廃止されることとなり、地元の選手会からは「250競輪であろうと存続するのなら協力する」という姿勢が示されたことが大きな条件の変化でしたが、日本の競輪界が250競輪を実施する方針も示していない中では日本写真判定の提案は行政的には「夢物語」という受け止めでした。
 2つ目の事業採算性については、仮に250競輪が実現できるとしても、人気の選手がどれだけ参戦するのか、既存の競輪ファンがどれほど参加してくれるのか、そもそも競輪自体が他の公営競技と比べ人気が低迷する中、長期的な採算が保証できるのか、こちらも行政的には厳しい状況でした。
 渡辺社長は何度も千葉市に提案書を持って、途中からは「新競輪場は自社負担で整備する」とまで踏み込みましたが、庁内では「危ない橋を渡る必要はない」という受け止めでした。

 しかし、私の中では日本写真判定の自社負担の話を聞いて、冷静にメリット・デメリットを整理し始めていました。
 そこで、まずは日本写真判定が現金をいくら持っているか調べさせました。日本写真判定は自社ビルを売却し、 30億円もの現金を用意してくれました。ドームを作るので、深夜でも雨天でも開催できるので収益性は比較的高い。
 いずれ競輪界は追い詰められ、どこかで250競輪を実施せざるを得ない、であれば最初に挑戦した方が今回の日本写真判定のような有利な条件を各種引き出せる可能性が高いこと等、総合的に勘案して挑戦することを決意し、神谷副市長、今井経済農政局長を呼びました。
 「あの件だけど…、やろう」
 「えっ、やりますか?」
 「うん。やる方向で調整を進めてほしい」
 そこからの神谷副市長、今井経済農政局長以下の職員の動きが素早かったです。今までの千葉市の挑戦の積み重ねと成功体験が職員の背中を押してくれました。
 職員、日本写真判定、選手会、JKAなど、様々な関係者が協議を重ね、競輪界として250競輪の実施を意思決定、新しい競輪場は(仮称)千葉競輪ドームという形で、既存競輪場の撤去工事が既に始まっており、2020年度中に工事を完了し、250競輪が実施されることになります。
 日本初の大きな変化が千葉で起きました。競輪界は思い切った意思決定を行ったのです。千葉競輪の250競輪は、将来的にオリンピックや国際大会で日本人選手が活躍する契機となることが期待されています。そして世界のメダリストがこの千葉に集まり、ジャパンカップを開催するなど夢も広がります。千葉駅至近の場所に、日本の競輪界のみならず、自転車スポーツ界の起爆剤となる施設が誕生します。
 この大きな挑戦についても、市議会の会派を超えての理解と応援があり、前例のない挑戦を極めて短い時間で意思決定していくことができました。
 私は様々な場所で千葉市の改革やプロジェクトを講演する機会がありますが、その際に市議会の理解と協力に触れるようにしています。首長と職員だけが評価されるのではなく、それを認めた議会も同じように評価されるべきです。千葉市はこの間、本当に多くの挑戦をしてきましたが、それを可能にしたのはそれぞれの挑戦を理解する専門的な議員が会派を超えて存在したからです。私はそれこそが千葉市の財産だと誇りに思います。

職員の回想 ~元経済農政局長(今井 克己氏)
○自転車競技の聖地目指す
 売上減少や施設老朽化などにより2015年1月に「2018年3月末をもって廃止の方向で検討する」と公表した千葉競輪でしたが、日本写真判定から彼らの負担で国際規格に準じた250メートル木製バンクを有するドームを整備し、公営事業(ギャンブル)として競輪事業を実施するという提案があり、市長から検討を指示されました。国内外で例のない「前代未聞の提案」に乗ることは「ギャンブル」といっても過言ではありません。当初、庁内の大勢は「反対」でした。
 しかし、屋内250メートルバンクでの自転車競技はオリンピックの種目でヨーロッパでは人気スポーツとなっていること。競輪場だけではなく多目的利用ができる集客施設となるため、市や市民にメリットが生まれること。底地の国有地を取得することで、毎年1億円を超える借地料の支払いが解消されること。懸案だった千葉公園体育館の建て替えの進捗も期待できること。これらを総合的に判断し、所管で実現可能性や採算性など検討を続けたところ「クリアすべき課題や不確定要素が多いものの、基本的には実現可能性・採算性あり」との結論に至りました。
 「前例がないからこそチャレンジすべき。自転車競技の聖地を目指す」との市長の決断をいただき、2018年2月に「千葉公園ドーム整備・新たな競輪の実施」の公表に至りました。「民設民営」方式による2020年度の施設整備と、250競輪という「公営事業」の実施を組み合わせた画期的な方法は、競輪業界のみならず幅広い期待がかかっています。

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