第1章 非常時こそ問われるトップの真価 ~新型コロナ対応①~

 昨年の災害への対応を行っている中、中国の武漢市を中心に新型コロナウイルスが蔓延しているとのニュースが出ました。早速、保健福祉局長を呼んで、「中国から日本に飛び火するかもしれない。最大限の警戒を払ってほしい」と伝えました。
 私たちは新型インフルエンザを教訓に新たな感染症への対策として策定した「千葉市新型インフルエンザ等対策行動計画」に基づき、1月9日に市民・医療機関向けの注意喚起を行ったのを皮切りに、医師会・医療機関宛てに疑い患者が出た場合の対応について通知、入院先の医療機関との調整、市環境保健研所でのPCR検査体制の確立、市民向けの相談窓口の設置など、準備・対策を進めてきました。
 また、昨年の災害の教訓もあり、県の初動対応も速やかでした。
 新型コロナウイルスは高齢者、基礎疾患を有する方が感染した場合に重篤化しやすいことから、「特に介護施設など福祉施設の感染予防を徹底してほしい」と指示し、その後所管に確認したところ、「対策を求める文書を発出しました」とのことでした。
 「そうじゃないだろう。文書を発出して対策をした気になっては困る。福祉施設の中には運営体制がしっかりしていないところもある。実際に現地をチェックするなりして徹底してほしい」と再度指示をして、確認を徹底しました。
 その後、市川市や名古屋市など各地の介護施設から感染が拡大しており、やはり対策の徹底が必要だったと感じました。千葉市では緊急事態宣言が解除されるまでの間、特別養護老人ホーム1カ所で複数の感染者が発生したものの、他の大都市と比べると医療機関や介護施設で大規模な感染が発生せず、改めて関係者のご努力に深く敬意を表するものです。

 1月の段階でどこまで感染が拡大するか予測できていたわけではありませんが、この時、庁内にも強く注意を促していたことは「新型コロナウイルスへの対応について些細なことにも最大の注意を払い、市民の信頼を失うようなことだけは絶対にしてはいけない」ということです。
 当初、千葉市保健所は新型コロナウイルスに感染しているかどうかを判別するPCR検査の対象を、国が示した武漢市からの帰国者などに限定する考え方を遵守していたのですが、私からは「少し怪しいと思ったものは国の基準に完全に合致していなくても検査してほしい。仮に保健所が検査を断った患者が後に新型コロナウイルスに感染していたことが分かった場合、あなたたちの信頼が失墜し、今後の感染症対策が全て成り立たなくなる」と伝えました。
 PCR検査は現場に多大な負担がかかります。検体を採取する際に専門医師が防護服やフェイスガードなどをして、終了後は1回1回慎重に着替えるなど、診断、検体採取、検体輸送、検査、どの段階においても感染の危険性と隣り合わせで、簡単な作業ではありません。
 野放図にPCR検査を進めることは医療関係者を疲弊させるので戦略的なPCR検査が必要ですが、かといって当初の政府方針はあまりに検査対象が狭すぎました。
 そこで、現場の負担に配慮しながら、少し張り出して検査をする指示をしました。千葉市は職員の工夫と医師会の協力によって県内でもいち早くドライブスルー検査を導入するなど首都圏でも人口あたりのPCR検査数が多い市となっています。
 医療関係者が見えている景色と、一般の国民の見えている景色はあまりに違います。集団心理を作り、社会現象を起こし、そして政治を動かすのは後者である以上、その感情を無視することはできません。
 感染が拡大した場合、国内がパニックになる、その中で疫学的に正しい行動を市民に促すためには、その行動を促す行政への信頼が不可欠です。原発事故の際も、原発政策を進めてきた国への不信感から、専門的知見に基づいた説明や施策が信頼されず、不安を訴える国民に押される形で国や自治体が対策を拡大させ、その中には過剰ともいえるものも少なくありませんでした。
 市民を安心させ、そして科学的に正しい対策を取るために、信頼を失ってはいけない、これが健康危機に際して最も重要です。2月下旬に私が書き留め、フェイスブックで配信した考え方を抜粋して紹介します。

・専門家と現場の知見を活かし、常に科学的知見や根拠に基づいて対策をすること
・一方で、専門家・現場と国民の意識の溝を理解すること
・専門家・現場の通りにすると、不安に駆られる国民から信頼を失い、専門的知見に基づいた現実的対応ができなくなるリスクを理解すること
・専門家からは「ちょっと踏み込んだ対策だが、政治的判断としてやむを得ない」と言われるラインで施策を展開し、国民に寄り添って専門家と国民の間をつなぐことで幅広い国民の信頼を得ること
・常に先に待っているリスクや景色を想定して、予報し、事態の変化に対して国民の心の準備を促すこと
・不安を訴える人々に寄り添い過ぎ、過剰な対応を取ることで、医療や経済が崩壊し、別の形で生命の危機に晒される人々が出ることを政治家として理解すること
・右記についてはうまく説明しないと、論点を理解できない人から「経済のために人を見殺しにするのか」と批判されるので、説明の論旨展開や場所には細心の注意を払うこと

 不安に寄り添った思い切った対策は目立つし、評価を得られます。一方、それによって高まった別のリスクやコストによって失われた命は間接的であるがゆえに目立ちません。
 そのため、政治家は不安を訴える側に寄らざるを得ません。しかし、私たちは政治家です。負託を得た人間として、自らの政治生命を削ってでも、できる限り正しい道のりを提示し、実行する責任があります。
 私はこれまでの経験から、この考え方のもとでどれだけ長い期間、市民の信頼を勝ち取り続け、科学的知見に基づいた施策を貫けるか、首長としての能力が問われていると覚悟しました。

 2月半ばあたりから、各都道府県で感染者の報告が相次ぎ、その感染者の詳細を公表するか否かで、自治体の対応が分かれ始めました。当初、政府は感染者について、個人が特定されかねないことから、都道府県単位の情報しか示さない方針でしたが、行動履歴の詳細の開示を求める国民やマスコミの不満は高まり、都道府県の一部は独自の判断で行動履歴などを公表していったのです。
 各都道府県の発表、各知事・市長の公表姿勢などを自分なりに分析し、都道府県単位での発表ではいずれ信頼を失うと判断しました。千葉県は当時は国の方針の通り県単位での公表方針でしたが、保健福祉局には「今後、千葉市で感染者が判明した場合は、その感染者からの感染拡大のリスクによっては、千葉市として記者会見して、プライバシーに配慮した上でできる限りの情報を公表しよう」と方針を伝え、検討を指示しました。
 また、行政だけの見解では不安に思う市民もいることから、「感染症に関する専門的知見を有する機関や人物の助言も添えながら市民に説明することをあらかじめ考えておいてほしい」ということも伝えました。
 その指示からわずか数日後の2月 21日に、「市長、千葉市の中学校で勤務する教員で感染者が出ました」という一報が入りました。市川市在住だったので県が発表する事案ですが、全国で初めての教員の感染であり、社会や市民の反応は大きいことが予想されることから、速やかに関係幹部を招集して対策を協議しました。
 私からは「これは千葉市としても記者会見するしかない。県にはそう伝えてくれ」と指示し、公表する範囲はもとより、学校の対応について検討を急がせました。
 事前に台湾の学校休校方針(春節休みを延長し、その後は1人感染者が出れば学級閉鎖、2人以上で休校)なども調べていたので、そうした情報も市教育委員会に提供しながら方針を検討し、

・当該中学校を直ちに休校し、消毒を行う
・消毒の手法、濃厚接触者等の確認などの方針策定にあたっては国立感染症研究所の専門チームに入ってもらい、立案する
・休校期間は2週間を念頭に入れるが、右記方針策定まで暫定的に3連休明けの 25、26日を休校する(→策定後すみやかに2週間休校を決定)
・3連休中に、当該学校も含めて全ての市立学校の教職員の過去2週間の発熱状況等を確認し、新型コロナウイルス感染の恐れがあれば速やかにPCR検査を行う
・今後は全ての市立学校において教職員、児童生徒全ての健康観察を徹底し、感染の疑いのある人が学校に来ることを抑止する

こうした方針を定め、記者会見に臨みました。
 学校名の公表について悩みましたが、休校した時点でどの学校かは明らかであり、保護者やSNSなどを通じて瞬く間に拡散するであろうことから、記者会見では学校名を公表し、その上で報道機関や市民には学校名を極力出さないよう配慮を求める、という方針としました。一部報道機関は学校名を入れて報道してしまいましたが、多くの報道機関は学校名を出さない配慮がありました。後に私が大手新聞社の編集部幹部と会った際、「千葉市の公表方針は良かった。学校名を報道機関に明らかにした上で報道機関に配慮を求める、行政がそうした姿勢であれば報道機関も行政を信頼し、実名で報道する価値と責任について熟考した上で判断できる」と評価いただきました。

 新型コロナウイルスへの対応については保健福祉局次長の山口淳一氏が公衆衛生専門の医師であることも大きく、彼を中心に疫学的な観点から一つ一つの対策について即時に検討することができたことが大きかったと思います。
 千葉市は国の方針を遵守するだけではなく、現場の実態に合わせて臨機応変に対応していきました。その象徴が安倍総理の一斉休校要請への対応でした。
 千葉市は教員が感染した中学校を休校しましたが、近隣校を中心に保護者の一部に動揺が広がりました。そこで、千葉市として疫学的見地に基づいた休校方針を定め、保護者に伝えることが必要と判断し、方針策定を指示しました。

・児童生徒・教職員の感染が判明した場合、その学校を休校
・学校関係の感染者が無くとも地域で複数の感染が判明するなど、地域で感染拡大の恐れがあると判断した場合は、その地域全体の小中学校について休校に踏み切る
・市内各所で感染が確認され、市内全域に感染拡大の恐れがあると判断した場合は、
全市の市立学校を一斉休校
・休校期間は2週間を基本とする

 この方針を決めて保護者に周知し始めた、まさにその日の午後、「安倍総理が今日の夜に全国一斉休校を要請するらしい」という衝撃の知らせがあるルートでもたらされました。
 これは大変なことになると、急ぎ、教育委員会・こども未来局・保健福祉局などの関係幹部に集まってもらい、対応策を検討しました。
 医療現場で働く保護者を始め、共働き家庭が働けなくなり、社会活動に大きな影響が出る恐れがありました。また、学校を休校するということは、より接触の多い学童保育(千葉市では子どもルーム)は当然閉所する必要があると考えていましたので、何らかの対策を講じなければ、低学年の子どもが家で一人で孤立するような別の危険が生じることも懸念されました。
 そこで、私から「学校で1年生だけでも見守ることはできないか。全ての学年の教室を使って分散すれば、感染予防はできるはずだ」と教育委員会に要請したところ、教育長以下も必要性を理解してくれ、「学校は低学年、中学年、高学年で区切っている。やるなら低学年、1年生と2年生を見守ることが望ましい」という結論に達しました。
 また「、障害のある児童が通う特別支援学校と特別支援学級はどうする?」と投げかけたところ、「障害のある児童は学年に関係なく対応が必要」という考え方にまとまりました。
 その辺りまで詰めたところで総理の一斉休校要請がテレビで流れ、その後、保育所や学童保育は開所を求める、という方針を聞き、「これはちゃんと考えた施策ではないな」と感じました。
 学校に感染リスクがあるので休校ということであれば、密度が高く感染リスクが高い学童保育や保育所は当然閉所すべきです。それを開所を求めるということは、経済活動には極力影響を与えず、何らかの大胆な策を打つ必要を感じた結果の突然の要請ということが分かりました。もしくは総理や周辺は昔と違って多くの小学生が学童保育に通っていることを知らなかったのかもしれません。
 私からは「千葉市として工夫して対応しよう」と各幹部に伝え、詳細案について詰めるよう指示しました。
 また、保護者の動揺を抑えるため、低学年を感染予防対策をした上で預かる方針をSNSで発信しました。総理の要請後すぐに方針を示したのは、突然の要請に急遽方針を検討している全国の自治体に対して、学童保育の感染リスクを十分に理解した対策を取ってほしいと呼びかける意図もありました。
 千葉市の方針が少しでも他自治体の参考になればと考え、実際に多くの自治体で千葉市方式が採用され、全国の子供たちと保護者に貢献できたことは幸いです。
 総理が3月2日(月)からの休校要請を行ったのに対し、私たちは3月3日(火)からの休校としました。この1日が学校現場では極めて大きかったのです。これにより週末に先生方が長期休暇中の生活指導・学習指導をまとめる時間的余裕ができ、児童生徒・保護者の混乱も抑えることができました。この1日おいての休校は教職員はもとより保護者からも様々な場面で感謝されました。
 千葉市方式は多くのメディアにも取り上げられ、後に千葉市の学校現場の視察に来られた萩生田光一文部科学大臣からも「地方自治の本旨を生かして、政府方針に対して現場として最大限の工夫をしていただいて一つのモデルとなった。各自治体ごとに柔軟な判断があって良いと説明する際に千葉市の取り組みを紹介させてもらっている」との評価をいただきました。
 時間の無い中で、学校現場・児童生徒・保護者に配慮した最適解を作り上げてくれた教育委員会や市長部局の関係職員に感謝し、誇りに思います。

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