第4章 新しい行政と市民の形を追い求めて ~ICT施策②~
■現場から生まれたニーズをICTに活用
千葉市のICT施策の特徴はICT部門だけで考えた施策ではないということです。うまくいかないICT施策は大抵が、現場のニーズから生まれた施策ではなく、ICT部門が「こういうのがICTでできるから」と発想した施策だったりします。これは民間の商品やサービス開発でも言えることですよね。
千葉市の場合、技術部門が自らの現場のニーズを踏まえて適切にICTを活用して改革を積み重ねているところが特徴です。その最たる例がごみ収集車のGPSによる集中管理システムです。
千葉市では2018年から、全てのごみ収集車にGPSとタブレットを搭載し、どのごみステーションを、どの収集車が、何時何分に通過したかが、全てシステムによって一元的に把握できるようになり、効率的な収集ルートを考えることができるようになりました。しかし、この施策の効果はそれだけではありません。今まで市民から収集状況について問い合わせがあった場合、担当部署から、その地域を担当する収集事業者に連絡をして収集状況を確認し、それから市民に回答する、という流れだったものが、一つの窓口で一元的に問い合わせを受け付け、オペレーターは画面を見ながら、その場で収集状況を即座に回答できるようになりました。市民にとっても行政にとっても事業者にとっても大きな改善となっています。
では、この施策はICT部門が立案したのかというと、そうではありません。ごみ収集事業者側が市民サービスの向上・業務の効率化を図るため、市内の可燃ごみ・不燃ごみ等の収集運搬業者 14社が協同組合を設立し、この設立に伴って可能となった施策です。
さらに、協同組合との意見交換を通じて、「このシステムを防犯に使えるのではないか」という考えがお互いから出てきました。GPSで詳細な位置情報が把握できる、その収集車にドライブレコーダーを搭載すれば、犯罪が発生した際に、時間と場所ですぐにその場所を走行した収集車が分かり、映像を確認して検挙につなげることができる、まさに「走る防犯カメラ」になります。特にごみ収集車は児童生徒の登校時間帯にも、そして細かい路地も走行していることから、検挙率向上に貢献するだけでなく、犯罪抑止効果も期待できます。早速、所管と組合の協議が始まり、2020年1月に、市内各警察署と協定を締結するに至りました。現場から生まれた先駆的ICT活用事例の象徴例と言えます。
■トップを目指す意識を
このように、千葉市は全国でも注目されるICTを活用した行政改革に取り組んできました。それは行政の効率を高めただけでなく、市民や事業者の生産性向上にも寄与しました。しかし、もう一つ大きな効果があります。それは「この分野は自分たちがナンバーワンだ」と思えることで、職員の意識が変わったことです。
市長に就任した時、千葉市職員の良くない所と思っていたのが、「政令市の平均で良い」という雰囲気が充満していたことでした。千葉市は政令市の中で人口は多い方ではなく、横浜市や名古屋市と比べて昔から大都市だったわけではありません。「政令市の半分ほどが導入したら、千葉市でも導入する」、こういう横並び意識が非常に強かったです。
もちろん、それは全て間違っているわけではありません。横浜市と張り合って、身の丈を超えたことをすれば結局困るのは市民です。時には政令市の中で右を見て、左を見て、慎重に判断することも必要でしょう。
しかし、常にその意識で施策決定をするとどうなるか、「自分で何も考えられない」「リスクを取れない」、前例主義の硬直的な行政の出来上がりです。
私は学生時代に塾の講師や家庭教師をしていたこともありますが、成績があまり良くない子を指導する際に、全科目を平均的に上げようとするのではなく、まず1教科を徹底的に力を入れて底上げする手法を取ることが多かったです。
成績の良くない子の中には、「自分はこの程度で良い」という低い自己評価と目標を設定してしまっていることが要因となっているケースが多く、その意識を変えずに勉強をしても、砂に水を撒くように効果は表れません。
ある一科目を得意科目にすることで、「この科目は誰にも負けない」という自尊心、そして1位を目指すための勉強法、その子の見ている景色を変える、それが他の教科にも最終的には好影響をもたらします。
ICTを活用した行政改革は私自身に知見があること、比較的すぐに効果を上げることができる施策が多いこと、コストがそれほどかからない、長期的にはコスト削減につながる施策も多く、千葉市のような市役所の意識を変えるにはちょうどよい分野でした。
市長になって数年後には千葉市の取り組みは様々な場所で取り上げられ、他市からも、他自治体の議会からも多くの視察がありました。視察対応や講演は労力が取られることも事実ですが、自分たちが模範にされることで意識が上がり、「次はどういう施策を展開しよう」と挑戦心を持って仕事にあたる組織文化の醸成につながったと言えます。
私は職員に「こういう課題を解決できないか」と投げかけ、職員から「こういう課題があり、できません」と言われても納得できない時は、あとで横浜市や東京都の取り組みを調べる時があります。すると、横浜市や東京都では実現していることも時にあり、横浜市や東京都の職員の意識の高さを感じるのです。
私は会社員時代に尊敬する先輩から「ヘッドハンティングされるくらいの社員になれ」と言われました。職員には「横浜市や東京都から欲しい!と言われる職員を一人でも増やすことが、最終的には千葉市の活性化や市民福祉の向上につながる」と伝えています。
職員の回想 ~元市民局長(金親 芳彦氏)~
○先進的なICT施策といえば千葉市
熊谷市長は先進的な取り組みに臆病だった千葉市職員に、敏感かつ果敢に挑戦する姿勢を示し続け、施策の新たな方向性を切り開き、「先進的なICT施策といえば千葉市」と常に注目を集めるようになったことは大きな成果だったと思います。
その取り組みの一例として「ちばレポ」が挙げられます。道路や公園遊具などの破損通報をウェブ上で市民に公開しながら対応状況も公開するという、市民協働とICTを掛け合わせ、市民と行政が課題を「共有」し「可視化」する先進的な取り組みでした。
ですが、2013年7月からの実証実験当時、スマートフォンの普及率はわずか40%台。スマホアプリでの利用をメインに想定した仕組みに、議会からは「時期尚早」との意見も根強く、補正予算に開発費の抑制や市民への普及へ取り組み等を求める「付帯決議」が加わりました。思わぬ抵抗感に担当者は自信を失いかけていましたが、熊谷市長から「必ず誰もがスマホを持つ時代が来る」「付帯決議はしっかりやるようにという意味だ」と後押しされ、「必ず全国の自治体のモデルとなる仕組みを作る」という目標を再確認し、自信を持って取り組むことができました。2014年9月から本格運用後、市民からは「便利( 97%)」「街を見る目が変わった( 85%)」と好評だった上、総務大臣から「地方創生に資する〝地域情報化大賞〟(奨励賞)」を受賞。現在では全国で同様の取り組みをする自治体が増えています。
この間、行政が持つ膨大なデータを民間企業に提供し、産業の創出や経済活性化につなげる「ビッグデータ・オープンデータ活用推進協議会」を2013年に4市で設立(後にオープンガバメント推進協議会に改組)したほか、様々な手続きにおける押印の最大限の廃止や、マイナンバーカードのワンカード化など、ICTのみならず、様々な側面から「市民へ時間を返す」をキーワードに、市役所職員、市民、民間企業を巻き込みながらトライが続いています。
■ 英知を集め、住民本位の市政に
私は昼はランチミーティングで職員や市民と意見交換、夜は様々な会合で企業や諸団体の意見の生の声を聞いています。ほかにも市長への手紙は年間約1500通(前市政と比べ約3倍)、全て目を通しています。さらにSNSやフェイスブックなどネット上からも膨大な量の意見を貰っています。意見の中には苦情、賞賛、提案、様々あり、またその内容も玉石混交ですが、間違いなく千葉市政に関する意見を最も多く吸収している人間だと自負しています。
市役所が持つ情報や施策決定の理由も最終的には市長というポストに集まるようになっているので、市長とは市役所内の膨大なデータと、市役所外の膨大なデータをつなぐ、コンピュータの「ハブ」のようだと思っています。その膨大な情報をインプットすることで、最高のアウトプットができると思っています。
それは私の個人的な能力ではなく、膨大な情報を集めた結果、市長がスーパーコンピュータのようになってくるのです。確かに役所の情報は正しいですが、役所の情報だけではダメです。あらゆるチャンネルから情報を集め、最も良い決断をするのが首長の仕事だと思っています。
だから私は広報広聴を重視しています。特に広聴が大事だと思っています。そのために、SNSも活用しています。
注意しないといけないのは、SNSは情報発信ツールでありますが、情報発信のためだけにやっていては誰も見ません。自分たちの意見を市長がちゃんと聞いて政策に反映している、双方向性を感じるから、発信される内容にも注目が集まるのです。これは行政の公式SNSではなかなかできません。
■ 「集合知」を生かす
SNSを始めとするインターネットの良い点はつまりその点で、情報発信が双方向であること。様々な意見を集めた「集合知」がそこにあるのです。例えば、グルメサイトなどでもそうですが、利用者が採点した点数や口コミの意見である「集合知」が売れるコンテンツになっています。昔から「集合知」というのは様々な形で価値を持ち、ビジネスとなってきましたが、ネットの普及によって爆発的な量と価値を生み出すようになりました。グーグルなど、今GAFAと呼ばれているような企業はそれによって成長してきました。
インターネット時代の新しい価値の生み出し方は、「集合知」が生まれる仕掛けを作り、情報収集の「ハブ」となること。私が千葉市という存在の「ハブ」となれば、結果的に市民や企業・団体の〝英知〟と呼ぶべき「集合知」を生かして税金の使い方や政策の意思決定に反映されるので、そ
れが市民にとって一番納得感があると思っています。
よく「ブレーンは誰ですか」と聞かれますが、私にはブレーンはいません。特定の人の意見に左右されることはありません。強いて言えば山のように集めた情報という集合知こそがブレーンです。色々な場面で誰かから聞いた話と別の誰かから聞いた話を組み合わせて政策を作っています。自分の中で誰から聞いたかは覚えていないことがほとんどで、しかも言われた通りにやってはいません。集めた集合知を自分なりに研究し、政策を決定しています。
他市の市長のニュースもよく見て、注目される市長や知事のニュースは暇さえあれば検索しています。トラブルが起きたらなぜトラブルになったのか、その失敗学を全部研究しています。災害対応もそう。私はいってみれば社会学者のようなもの。市長という立場で社会学を実地で研究し続けているのです。